2016年04月03日

徳川家康が爪を噛む癖は、自分への戒めだった

徳川家康の凄さとは?

忍耐、我慢――。徳川家康といえば、多くの人がこうしたイメージを抱くでしょう。そんな家康のクセは爪を噛むことでした。 引用元:ITMediaビジネス

 

現在NHK大河『真田丸』で内野さんが好演している徳川家康。所々に爪を噛んでいる仕草が垣間見れるのをご存知だろうか?

 

家康といえば、忍耐の人というイメージが強いと思います。家康が祀られている日光東照宮にも御遺訓として「人の一生は重荷を負うて 遠き道を行くが如し  急ぐべからず」という言葉が残っています。虎視眈眈と時が来るのを待って、最後に天下を獲った武将ですので、実際に我慢強かったわけですが、元々の性格は 気が短かったようです。爪を噛むクセがあるのはそれを表す一例で、真田丸でもしばしばそのシーンが出ている。

 

家康というと晩年の徳川太平260年の基礎を築いた創始者というイメージが強いが、実は彼自身恵まれない境遇を歩いてきた人物だということはあまり知られていない。

 

 

家康がまだ竹千代という幼名だったころ、今川義元の下で人質同然の生活をしてた時分、ある日、今川家家臣が集まる宴があって、その場にいた家康に対してヒソヒソと陰口叩いたり、笑い者にしたりしていました。最初は家康も我慢していたのですが、ついに怒りを抑えきれなくなり、すくっと立ち上がると、縁側から庭に向かって放尿をしたといいます。こんな気性だからこそ、短気な一面を知ることができる。その後、織田家に人質として送られるなど、幼少期からずっと苦労して、それでも我慢し続けていたのです。

 

 

また本質的には短気な性格だったとしても、家康のすごいところは、自分をどんどんと進化させていくところだ。武田信玄率いる武田軍と戦った「三方ヶ原の合戦」でコテンパンに敗れて、命からがら浜松城に逃げ帰り、そこで絵師に自分の姿を描かせたというのは有名な話。

 

 

この発想は天才的だなと思いました。大将たる者がおもらしするまでの恐怖に追い詰められて、多くの家臣を犠牲にしながら逃亡したみっともない姿を、今後の 戒めのために描かせたわけです。普通ならば一刻も早く忘れたいのに……。その失敗を忘れることなく、自分をどんどん成長させていったのが家康です。

 

 

真似できない創造的破壊者の天才が織田信長。豊臣秀吉の人たらしも天性のものでなかなか真似はできないもの。それに対して、徳川家康の行動は2人と比べてまだ凡人も学べることが多いだろう。

 

 

大敗を喫した武田軍から強さを学ぼうと戦術を取り入れたり、武田家滅亡後には家臣団を登用したりと、常に成長していこうとする姿勢が垣間見られるのだ。

 

 

 

現代のリーダー像の模範とできるかもしれません。