2016年07月25日

娘の為に初めて買ったヌイグルミ。モノを大切にする姿勢とは?

モノを大切にする姿勢を教え込む

昨夜仕事から帰宅したら筆者に、娘がこう問いかけるのだ。

 

 

「パンはどこ?」

 

 

「パン」とはレッサーパンダの”パン”から名付けた娘のヌイグルミのことだ。生後間もなく、富士サファリパークで購入したレッサーパンダのヌイグルミ。

 

 

どうやら日中妻と息子と外出していた際に、外に忘れてきた様子。妻が思い当たる場所が2,3あるらしいので明日電話して聞いてみるというのだが、公園かも?とか駐輪場かも?などと聞いてしまうと、もういてもたってもいられず、食事後そのまま外出したのだ。他のヌイグルミならまだしも、筆者が初めて娘に買ったヌイグルミで常に寝る時は娘と一緒の相棒なのである。故に親としても思い入れのあるヌイグルミだ。

 

 

1時間ほど懸命に探したのだが、既に21時を回り周囲も暗い。ベンチや目につくところには落ちていないようだ。お陰で深夜のウォーキング分の距離を探し回った感。今日は立ち仕事と座り仕事が主で、あまり歩いていなかったので、恒例のウォーキングマラソンと合わせると辛うじて8,000歩をキープもできた。で、万が一見つからない時の場合に備え、レッサーパンダのヌイグルミの代わりを歩きスマホで(・・・本当は良くないのだが)調べながらのウォーキング。

 

 

こういうケースでは、父親は完全に2通りに分かれるであろう。

・また買えばいいじゃないかという効率派。

・納得いくまで探そうとするモノを大切にする人情派。

 

自分はどちらかというと後者だ。しかし具体的に無くした場所が特定できていない段階で、見つかる可能性が低いことも予想している。だから娘のお気に入りの相棒をまた揃えてやろうとする非常手段も考え始めている。ただし、モノをい大切にするということも教え込まなければいけない。

 

 

パンは、父として、娘に初めて与えたヌイグルミだ。謂わばモノ。

それを大切にしてくれている娘の姿をみると嬉しくも感じた。

だから、筆者にとってもあのヌイグルミは特別な存在。

モノでありながら、娘の為にいろいろなことを教えてくれている存在。

 

 

子どもという生き物は、モノをなくすかく率が高い生き物だ。

ただこの日の出来事を機に、娘にしても、大切な相棒を無くすかもしれないということが彼女の感情を一層刺激し、一段と成長する糧になるはず。

 

 

そして親が必死で探す姿を見せることも大切。それは、娘が大人になり自身の子を持つようになる日が来る。その際、同じように子どもの為に探し物をしなければならない場面に出くわすはず。その時、こう思ってくれたら幸いだ。

「ああ、昔、親が必死で自分の為にモノを探してくれたな・・」

 

 

モノを大切にする姿勢。これは親が身をもって教えなければいけないことだ。