2017年01月06日

土俵さえ間違えなければ誰でも一流になりうる?

土俵さえ間違えなければ誰でも一流になりうる?

メディアやテレビで良く見掛ける塾の講師の林修先生。

 

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出典:ライブドアニュース

 

林先生は、自分にも他人にも常に一流の仕事をすることを勧めていらっしゃる。

話し方や考え方にも奥が深い部分を物凄く感じさせる方だ。

 

嫌われるのを覚悟で言うと、一流しか存在価値がないと僕は思っています。一所懸命なにかに打ち込んで何十年も経ったときに、「結局、俺、二流だったな」で は残念じゃないですか。腹をくくった二流ならいいですよ。それも一つの生き方です。でも、僕はその覚悟はできないので、絶対にトップを取りたい。

引用元:BEST T!MES

 

林先生曰く、

 

世の中には一流を目指しても一流になれない人もいる。

だがそれは、戦う土俵を間違えているのが原因である場合が多い!

 

ということだ。

 

 

「あなたは絶対、そこでは一流にはなれないですよ」という土俵で必死に戦っているケースがあまりにも多い。逆に言うと、土俵さえ間違えなければ、誰でも一 流になれるチャンスはあるということです。ただし、一流になれる土俵はその人の中でごくわずかしかないので、「ここならいける」というところを死に物狂い で探さないと。 引用元:BEST T!MES

 

 

自分はこの仕事が好きだからとか・・

そんなことはあまり意味がないとも言っている。

 

そもそも「好き」というのは偶然知った情報の積み重ねにしか過ぎず、

 

もしも別の情報や考え方に出会えていたら、これまでの人生は全く別の土俵で勝負していたかもしれない。

 

なるほど、その通りかもしれないですね。

 

あらゆる可能性を逃さないことが大切。

 

 

 

可能性を探る、人生とは如何様にも様変わりするもの!!

必須なのは俯瞰的メタ認知能力です。「群像の感覚」と僕は言っていますが、ずらっと大勢の人がいる中で、自分はどこにいて、戦ったら何番になるのか。それを客観的に判断できなければ、戦っても勝てない土俵にこだわって、一流への道は遠のきます。 引用元:BEST T!MES

 

 

林先生は続ける。

 

どの土俵で戦ったら自分は何番になれるのか?

不利な土俵で戦っても余計なストレスを抱えるし、

到底1番なんて目指せないし獲得できない。

 

 

この「メタ認知能力」とやら・・・

これは日常の習慣のなかで身につくそうだ。

林先生曰く、

 

 

僕は小学生のときから上からのカメラで教室全体を見るような習慣があって、授業中も「こういう問題がわからない人がいるんだ」なんてことを考えていた。 引用元:BEST T!MES

 

 

まあ、東大出の秀才だから!?とか

林先生のことをそういう目で見てしまうと、

ここで述べる話も実は自分の可能性を閉じてしまう話になるだけ。

林先生のことだから、小学生のころから勉強だけはかなりできたと思います。

 

 

小学校で習うことは何もなくて、ずっと退屈していたからでもあるの ですが。そうやって意識していつも自分のポジションを考えるクセをつければ、勝てる土俵か勝てない土俵なのかは自ずと見えてくるはずですよ。引用元:BEST T!MES

 

 

自分のポジションを見つけること。

自分の立ち位置を考えること。

そういう習慣をつける癖を持てば、自ずと向き不向きの方向性が見えて来ると締めくくっておられる。

 

 

筆者ももう中年で人生の残りは30年というところ。

もう遅いでしょ!?

 

そう言われるかもしれません。

 

しかし!!

 

 

そうやって諦めてしまうことで更に自分の可能性や人生を狭めてしまうと思うのです。

 

 

ましてや、我が息子のようにまだ6歳の小学1年生であれば、

可能性だって無限大です。

幼少のお子さんを持つお父さんだったら誰しも、子息には可能性ある人生を歩んでもらいたいと切に願っているはず。

 

 

自分の立ち位置や向き不向きを考える癖。

 

 

こういう習慣を身につけることで、

人生が有意義にも無意味にも転がってしまう・・・

 

 

何もその土俵で1番にならなくても・・・

そう考える方もいることでしょう。

 

 

そういう方には今回の話は無意味かもしれない。

 

 

可能性を探る。

 

 

人生とは、そこから如何様にも様変わりするものなのではないでしょうか。

 

 

常識を打ち破る、

つまり人生とはそういった些細なことから

如何様にも変わってしまうものだと思うのです。