2016年03月15日

信長と秀吉の差・・これを考えると面白くて仕方ない

信長の場合

戦国の世を終わらせる一歩手前まで来ながら、本能寺にたおれた織田信長。足軽から身を起こし、そして天下人まで昇り詰めることができた豊臣秀吉。2人の違いは何だったのでしょうか?人類5000年史から生まれた『最強の成功哲学書 世界史』から紐どいてみる。

 

 

こんな出だしで始まるダイヤモンド書籍オンラインの記事を見つけました。

信長も秀吉も日本の戦国時代を語る上で外せない偉人です。

 

 

〝創造者〞としての信長

 信長は天才肌・激情型・猪突猛進。
 秀吉は努力家・人情型・熟慮断行。

 

著書で述べられている2人の性格である。

 

信長はその行動様式が遊牧民的で、秀吉は農耕民的です。たとえば信長は、浅井・朝倉氏を亡ぼすや、そのしゃれこうべに金箔を貼って盃とし、祝杯を挙げていますが、これは遊牧民の習慣のひとつです。家臣たちはドン引きしていますが、信長はまるで意に介しません。

 戦の基本理念も遊牧民と農耕民とではまったく違います。遊牧民は敵を根絶やしにするまで戦うことを旨としますが、農耕民は主君さえ倒せばという発想です。その点においても、やはり信長は遊牧民的であり、秀吉は農耕民的でした。

 

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉に、創造者たらんとする者は、まず破壊者でなければならないというものがあるそうです。「新しい建物」を建てようと思ったら、その前にどうしても「古い建物」を取り壊さなければならないように、新しき時代を創造せんとする者は、まずその前に“旧き時代の遺物”を破壊しなければなりません。

 

 信長の野望「天下布武」は、この長く続いた戦乱の世(旧時代)を終わらせ、天下統一(新時代)を創造しようとするものです。ゆえに、彼に与えられた歴史的役割は、彼自身が「破壊者」となって”旧き世の遺物”にしがみつく輩を徹底排除することです。たとえ信長が好むと好まざるとにかかわらず。

 彼の一見残忍非道と見える所業も、そうした“大きな視野”から見れば、致し方ない側面もあったのです。

 逆に、それができない者に、”新時代の創造者”たる資格はありません。武田信玄や上杉謙信らが、ともに「戦国最強」と謳われるほどの軍団を擁しながら天下を獲ることができなかった最大の理由がそこにあります。彼らは信長のような「破壊者」になれなかったのです。

 

 

こう言われると確かに・・と頷いてしまいます。

信長のように「武を以て天下を制す(天下布武)」道を選んだ人物として、中国には項羽(こうう)、ヨーロッパにはナポレオンがいるそうだ。2人は、卓越した軍事力で勝利を重ねながら、戦えば戦うほど敵が増え、包囲網が築かれ、味方は消耗する一方で、勝てば勝つほど戦況が悪化していったそうだ。信長の場合、「天下布武」のためにはある程度致し方ないとはいえ、やはりこうした敵を殲滅する」というやり方は、一時的に奏功するように見えても、長い目で見れば、結局我が身を亡ぼすことになる、ということを歴史は語っています。

 

 著者の目の付け所に感嘆です。

 

 

秀吉の場合

「敵の逃げ道を作ってから攻めよ」

一方秀吉には、こんな逸話があります。

 

秀吉は、信長のように「敵を殲滅しよう」とはしません。攻めるにしても、まず「逃げ道」を作ってやってから攻めます秀吉が備中高松城(毛利勢)を攻めあぐねていたときのこと。ある急報に秀吉は愕然とします。

 「上様(信長)、本能寺にて討死!」

 秀吉はただちに毛利と和睦し、京へと急ぎます。これがあの有名な”中国大返し”で、秀吉軍は、京の入口に当たる山崎(淀川と天王山に挟まれた隘 路)で、これを迎え討たんとする明智軍と決戦となりました。所謂「山崎合戦(天王山の戦い)」ですが、秀吉軍の想定外の軍事行動に、準備不足の明智軍はま もなく総崩れを起こし、後方の勝竜寺城に立て籠もります。

 しかし、このときすでに秀吉軍も満身創痍。崩壊する明智軍の追撃すらままならない状態でしたが、ここでもし総大将が信長なら「勝竜寺城を包囲し、一兵残らず皆殺しにせよ!」と命じたところでしょう。ところが秀吉は、黒田官兵衛の献策もあって、わざと坂本城の方角の包囲を解かせますもしここで完全包囲、総攻撃を命じていれば、明智軍も死に物狂いで抵抗したでしょう。たとえ目的を達したとしても自軍の損耗も著しかったに違いありません。

 

 

黒田官兵衛の支えも大きかったのだと思います。

人間逃げ道があればどうしてもそちらへ心が向くもの・・・

自軍を損なわず体力を温存して知略で勝つ!素晴らしい戦略ですよね。

これぞ、孫子のいう「戦わずして勝つ」です。

 

 

どうしてもこの時代の大名の一喜一憂は面白いです。

やがて息子もこの時代に興味を持つのだろうか?

筆者は日本史の中で、この戦国時代が一番面白く、どの大名を垣間見ても戦略と知略に差が出て、とても勉強になるのです。