2016年08月18日

ほんの少し、江戸時代を回想してみました。

江戸時代と現代では、雲泥の差が有りそうな・・

ここは東北自動車道上り線の羽生パーキングエリア。

 

IMG_6148IMG_6149

 

江戸時代を舞台とした「鬼平犯科帳」なる時代劇の舞台をモチーフに、江戸の街並みを再現して作られたサービスエリアだ。

 

 

江戸時代というと、皆さんはどんなイメージが湧きますか?

 

木の看板?

暖簾?

井戸水?

 

当時はもちろん車などありません。そして現代社会の象徴であるスマホなんかも当然なし。電話すらないのです。

 

人が移動するには歩くしかありません。衣類や履物だって粗末なものだったでしょう。

 

このサービスエリアは食にも力を入れていますが、江戸時代には食べ物だって四苦八苦して営み自作していたに違いありません。

 

 

長く続いた江戸時代。徳川家康公が幕府を開いてからというもの凡そ260年もの間、一定の権力者たちが栄華を誇った時代です。私たちはその時代を歴史としてメディアやテレビ、書物などから推測しながら想像します。でもこれ、調べられるということが現代社会の特権だということを忘れがち。なぜなら江戸時代を生きた人々は、仮に安土桃山時代、室町時代などを知るには先祖や地元の民から伝え聞いた話や、粗末な書物などからしか知る由もなかったであろう。

 

 

調べられる。

学ぶ機会がある。

 

もしかしたら庶民には、こんな当たり前のことすら子どもとしてできなかったのかもしれない。親の仕事の手伝いに明け暮れ、下の子の面倒をみたり、畑仕事に駆り出されたり・・

 

働くということが日常の当たり前の行動として理解されていた時代。

 

いま、小学、中学と義務教育制が敷かれ、子どもたちには学ぶ場所と機会が与えられています。

 

 

でも考えてみてください。

学ぶ機会(学校に行くという文化)がなかった江戸時代の子どもたちは、毎日どのように何を考え暮らしていたのでしょうか。

 

 

恵まれすぎた現代社会で忘れられがちな「学ぶ」という当たり前の行為が、江戸時代の当時を回想するに、文化として根付いていないわけだから、随分と違う世界だったように思えてならないのである。